あふれる風景~白布温泉(山形)2023年9月11日
茅葺き旅館「東屋」「中屋」が2000年3月に全焼して以来、訪ねることを躊躇してした白布温泉へ23年ぶりに足を踏み入れた。山間に伝統の茅葺き旅館が3軒連なる圧倒的な姿に思い入れたっぷりだっただけに、火事はショックすぎた。感動した思い出も失いそうで白布温泉を越えて行かなければならない天元台へのスキーに行くのも止めていた。年齢を重ね「自分もいつ終わるのかわからない…」、そう考えたら動けるうちに現実を受け入れるのが義務のように感じた。
不安と期待が交錯する中、車を走らせた。やっぱり茅葺き旅館は「西屋」だけだった。3軒並列の風景が素晴らしかっただけに、悲しい。「中屋」は更地のまま…。更地の一角に湯車と名付けられた大きな木枠の水車が設置されていたが、回っている感じはない。更地のスペースを埋めるには(失礼を承知で)少しお粗末なアイデアかもしれない。寂しさだけが目の前を回る。
「東屋」は再建されていた。茅葺きではなく〝現代〟の旅館として。驚いた。入るしかないだろう。玄関まで一歩ずつ踏みしめるように登る。ドアを開けると、戸惑いを隠せない自分を覆すような元気な女性の声。若女将なのか、日帰り入浴を歓迎してくれた。悲劇を感じさせない。初めて訪れた時の記憶がよみがえる。品のいい対応が受け継がれているんだな。入浴料700円。400年前から親しまれてきた名物「滝風呂」は現代の施設に組み込まれても全く変わらなかった。湯がドバドバ流れ落ちる。嬉しい音としぶき。新たな感動もあった。以前なかった露天風呂ができていた。裏山斜面沿いに岩を配置、陽射しを受けて透き通る湯がとても心地いい。再訪をためらっていたことが恥ずかしくなった。
ためらいから解放されて吹っ切れた。約1カ月後の10月9日には唯一残った茅葺き「西屋」へ向かっていた。茅葺きが1軒だけになり、昔より格式が高くなっている感。玄関を入り奥のフロントへ。若女将が明るい笑顔で対応してくれた。入浴料700円。湯小屋前の渡り廊下のすのこの下を流れていく湯、湯小屋の格子状の壁、湯量豊富な湯滝、浴槽など全てが以前のままだった。一瞬にして39年前に戻った。変わらない「日常」があった。ただただ感動、湯滝の爆音を聞きながらゆっくり体を沈めた。